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岐阜地方裁判所 昭和50年(ワ)436号 判決

原告 中央殖産株式会社

被告 山田太一 ほか四名

被告側補助参加人 国

訴訟代理人 山口三夫 野村侑司

主文

原告に対し

一  被告山田太一は別紙不動産目録(一)ないし(六)記載の土地について

(一)  昭和五〇年六月六日岐阜地方法務局高富出張所受付第四〇二八号停止条件付所有権移転仮登記を、

(二)  昭和五〇年六月三〇日岐阜地方法務局高富出張所受付第四七四八号停止条件付所有権移転仮登記を、

(三)  昭和五〇年六月六日岐阜地方法務局高富出張所受付第四〇二七号根抵当権設定登記を、

(四)  昭和五〇年六月六日岐阜地方法務局高富出張所受付第四〇二九号賃借権設定仮登記を、

(五)  昭和五〇年六月三〇日岐阜地方法務局高富出張所受付第四七四六号根抵当権設定登記を、

(六)  昭和五〇年六月三〇日岐阜地方法務局高富出張所受付第四七四七号賃借権設定仮登記を、

二  被告岩田正雄は別紙不動産目録(一)ないし(六)記載の上地について

(一)  昭和五〇年七月二二日岐阜地方法務局高富出張所受付第五三九五号停止条件付所有権移転仮登記を、

(二)  昭和五〇年七月二二日岐阜地方法務局高富出張所受付第五三九四号根抵当権設定登記を、

(三)  昭和五〇年七月二二日岐阜地方法務局高富出張所受付第五三九六号賃借権設定仮登記を、

三  被告河村正三郎は別紙不動産目録(一)ないし(六)記載の土地について

(一)  昭和五〇年七月二二日岐阜地方法務局高富出張所受付第五三九八号停止条件付所有権移転仮登記を、

(二)  昭和五〇年七月二二日岐阜地方法務局高富出張所受付第五三九七号根抵当権設定登記を、

四  被告塩田清澄、同近藤博は別紙不動産目録(七)記載の土地について

(一)  昭和五〇年六月一四日岐阜地方法務局高富出張所受付第四一八九号停止条件付所有権移転登記を、

(二)  昭和五〇年六月一四日岐阜地方法務局高富出張所受付第四一八八号根抵当権設定登記を、

(三)  昭和五〇年六月一四日岐阜地方法務局高富出張所受付第四一九〇号賃借権設定仮登記を、

それぞれ抹消登記手続せよ。

訴訟費用は原告と被告等との間に生じた分は被告等の、参加によつて生じた分は補助参加人の負担とする。

事実

第一双方の申立

(原告)

A  主位的請求

主文同旨の判決。

B  予備的請求

一 被告山田太一、同岩田正雄、同河村正三郎は原告に対し、原告が訴外済照寺との間で別紙不動産目録(一)ないし(六)記載の土地について、岐阜地方法務局高富出張所昭和五〇年五月二〇日受付第三六六二号所有権移転請求権仮登記に基き昭和四九年一月一一日売買予約を原因とする所有権移転本登記手続をすることを承諾せよ。

二 被告塩田清澄、同近藤博は原告に対し、原告が訴外興山宗桂との間で別紙不動産目録(七)記載の土地について、岐阜地方法務局高富出張所昭和四八年一二月二二日受付第九〇八五号所有権移転請求権仮登記に基き、昭和四八年一二月二〇日売買予約を原因とする所有権移転本登記手続をすることを承諾せよ。

(被告山田太一、同塩田清澄、同岩田正雄、同河村正三郎の答弁)

原告の主位的、予備的者請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二双方の主張

(原告の請求原因)

一  原告は訴外宗教法人済照寺(以下済照寺という)と、別紙不動産目録(一)ないし(六)記載の土地(以下本件(一)ないし(六)土地という)について昭和四九年一月一一日左記条件にて売買契約を締結した。

(一) 売買代金 三、二三〇万円。

(二) 手付金  五〇〇万円。

(三) 特約   貸主の請求により何時でも仮登記をつけること。

二  右契約に従い原告は右済照寺に左記の通り金員を支払い、本件(一)ないし(六)土地につき昭和四九年一月一一日売買予約を原因とする岐阜地方法務局高富出張所(以下法務局という)昭和五〇年五月二〇日受付第三六六二号による所有権移転請求権仮登記を了した。

(一) 昭和四九年一月一一日 金五〇〇万円

(二) 同年二月一〇日    金六五〇万

(三) 同年三月一〇日    金一〇〇〇万円

(四) 同年四月一七日    金三一〇万円

(五) 同年一〇月一七日   金四四万円

(六) 昭和五〇年三月三一日 金四、六四三、〇〇〇円

(七) 同年五月二〇日    金二、六一七、〇〇〇円

三  原告は訴外興山宗桂より別紙不動産目録(七)記載の土地(以下本件(七)土地という)を昭和四八年一二月二〇日、代金一一〇万円で買い受ける契約をなし、同日右興山に金一一〇万円を支払い、本件(七)土地につき、昭和四八年一二月二〇日、売買予約を原因とする法務局昭和四八年一二月二二日受付第九〇八五号による所有権移転請求権仮登記を了した。

四  原告は前記仮登記に基づき、本件(一)ないし(六)土地について昭和五〇年九月二九日、法務局受付第六八八一号所有権移転登記を、本件(七)土地については同年一〇月二三日、法務局受付第七四八五号所有権移転登記をそれぞれした。

五  被告山田太一は、本件(一)ないし(六)土地について

(一) 昭和五〇年六月六日、法務局受付第四〇二八号停止条件付所有権移転仮登記を、

(二) 右同日、法務局受付第四〇二七号根抵当権設定登記を、

(三) 右同日、法務局受付第四〇二九号賃借権設定仮登記を、

(四) 同月三〇日、法務局受付第四七四八号停止条件付所有権移転仮登記を、

(五) 右同日、法務局受付第四七四六号根抵当権設定登記を、

(六) 右同日、法務局受付第四七四七号賃借権設定仮登記を、それぞれした。

六  被告岩田正雄は本件(一)ないし(六)の土地について

(一) 昭和五〇年七月二二日、法務局受付第五三九五号停止条件付所有権移転仮登記を、

(二) 右同日、法務局受付第五三九四号根抵当権設定登記を、

(三) 右同日、法務局受付第五三九六号賃借権設定仮登記を、それぞれした。なお被告岩田は昭和五〇年八月二七日、被告近藤博に対し前記(二)の根抵当権と(三)の賃借権を譲渡した。

七  被告河村正三郎は本件(一)ないし(六)の土地について

(一) 昭和五〇年七月二二日、法務局受付第五三九八号停止条性付所有権移転仮登記を、

(二) 右同日、法務局受付第五三九七号根抵当権設定登記を、それぞれした。

八  被告塩田清澄、同近藤博は本件(七)土地について

(一) 昭和五〇年六月一四日、法務局受付第四一八九号停止条件付所有権移転仮登記を、

(二) 右同日、法務局受付第四一八八号根抵当権設定登記を、

(三) 右同日、法務局受付第四一九〇号賃借権設定仮登記を、それぞれした。

九  よつて被告らの右各登記はいずれも原告の前述の仮登記よりも以後になされたものであり、原告が右仮登記に基き所有権移転の本登記をした以上は原告に対抗できないものであるから原告は、主位的請求として被告らの登記の抹消登記手続を求める。なお被告岩田は抵当権者でも賃借権者でもないから当然その登記は抹消されるべきである。なお主位的請求が認められないときは、予備的請求として原告が前記仮登記に基き所有権移転登記を申請するについては不動産登記法(以下法という)一〇五条一項に基き利害関係人たる被告五名の承諾書又はこれに対抗し得べき裁判の謄本を必要とするのに右被告五名は任意に承諾しないのでこれが承諾を求める。

(請求原因に対する被告山田、同塩田の認否)

一  第一項の事実は不知。

二  本件(一)ないし(六)土地につき、原告主張の仮登記が存することは認めるが、その余の事実は不知。

三  本件(七)土地につき、原告主張の仮登記が存することは認めるが、その余の事実は不知。

四  第四項、第五項、第八項の事実は認める。

(主位的請求に対する被告山田、同塩田の主張)

一  本件(一)ないし(六)士地について、昭和五〇年五月二〇日、原告のため所有権移転請求権仮登記がされてから同年九月二九日右仮登記に基く所右権移転登記がされるまでの間に、原告が請求原因第五項で主張する如く被告山田のため各登記が、本件(七)土地について昭和四八年一二月二二日、原告のため所右権移転請求権仮登記がされてから昭和五〇年一〇月二三日右仮登記に基づく所有権移転登記がされるまでの間に、原告が請求原因第八項で主張する如く被告塩山、同近藤のため各登記(持分各二分の一)が、それぞれなされている。

二  原告が右のように所有権移転請求権仮登記に基づく所有権移転登記をするには、法一〇五条一項、一四六条一項により登記上、利害の関係を有する第三者であつた被告らの承諾書の添付を要したところ、原告の右仮登記に基づく各所有権移転登記手続には右承諾書は添付されていない。

三  従つて原告への所有権移転登記はその登記に重大且つ明白な違法があり、登記所の過誤によつてなされた右本登記は無効であるから、かかる登記に基づく原告の本訴請求は失当である。

(主位的、予備的請求に対する被告山田、同塩田の主張)

一  (法第一〇五条、第一四六条による承諾請求について)

(1) 原告の予備的請求によると、原告の所有権移転請求権仮登記の登記が、被告等の根抵当権設定登記などの登記より時期的に以前に存在することにもとづき、原告が右仮登記にもとづく本登記をすることに承諾を求める。

(2) そして、被告等の承諾義務の根拠を、法第一〇五条第一四六条によると主張している。

(3) しかし、右の規定は、単に「仮登記にもとづく本登記を申請する場合に登記上利害の関係を有する第三者がある場合は、本登記の申請書に第三者の承諾書又はこれに対抗できる裁判の謄本を添付して申請せよ」という規定で、要は、不動産登記上の登記手続につき、利害関係ある第三者に対抗できる裁判の謄本を添付しなければならぬという登記の申請手続を定めたものにすぎない。

(4) したがつて、右の規定は、いわゆる利害関係ある第三者である被告等自体が、いかなる根拠で承諾義務を負うかという、承諾義務の発生根拠を定めたものではなく、原告の主張は、この点承諾義務の発生根拠に不備がある

(5) そして、仮登記権利者が何故いわゆる右第三者に対して承諾を請求する請求権を有するか、

右第三者が何故承諾義務を有するかという、

承諾そのものの請求権、義務の発生根拠は未だ学説上の定説がなく、

最高裁判例の一応の考え方である仮登記の順位保全的効力によるとの説(昭和四四・一〇・一六判決)も反対説が多い。

(6) 右承諾そのものの請求権、義務の発生根拠は、一応、現段階の学説で最も信頼できる「満足的効力説」によると、

単に仮登記が先順位にあるというだけで、後順位の利害関係ある第三者すべてに承諾義務があるわけではなく、右第三者が承諾義務を負担するか否かは、仮登記と執行債権との優劣によつて決定されるのであるから、

右利害関係ある第三者の権利の種類を区別し、

第三者が、仮差押債権者、強制競売申立債権者である場合のように、金銭債権者である場合には、承諾義務を負うが、

第三が、仮処分債権者、抵当権者である場合のように、物権的請求権の権利者である場合には、単に後順位だというだけでは承諾義務を負うことはないと考えるべきである。

(7) したがつて、本件の場合、被告山田太一、被告塩田清澄は、本件不動産につき、いずれも根抵当権という物権的請求権を保有し、その登記を有する物件的詩求権の権利者であるから、原告の仮登記より後順位にあるというだけでは、原告が本登記をすることにつき承諾義務を負うことはない。

二  (原告の所有権取得、被告等に対する登記抹消請求、承諾請求の権利濫用)

(1) 原告は、済照寺から、

本件(一)ないし(六)土地を金三、二三〇万円で、

本件(七)土地を金一一〇万円で、

買受けたと、売買による所有権取得だと主張する。

(2) そして、右金三、〇〇〇万円余の代金を支払つたと主張するがかような代金支払の事実は疑わしい。

(3) しかし、仮りに、原告から右済照寺へ金銭の交付がされたとしても、これは、次のような行きさつでなされたものであつて、

原告から右済照寺への金銭貸付であつて、

売買代金の支払はなく、したがつて、売買ということではない。

(4) 本件土地七筆の所有者右済照寺は、昭和四五、六年頃から、本件土地を墓地に造成して墓地経営をしようとして他の不動産開発業者と計画を進めた結果、昭和四八年夏頃、原告会社の代表者小森と知り合つた昭和四八年夏頃までに、各種方面に対し、約三五〇〇万円以下の借財ないし値務を負担し、その支払ができず、身動きができなくなつてしまつていた。

そこで、右済照寺は、他に負担した右金三、五〇〇万円以上の債務を原告の金で返済しようと考え、本件土地の平方又は坪当りの単価を考えることなく、右他に負担した債務金の約三五〇〇万円余を原告から出してもらつて、そのかわり、本件土地を原告に仮登記をすることにした。

(5) つまり、右済照寺としては、他に負担していた約金三、五〇〇万円余の債務を返済する必要性にせまられていたわけで、その返済金を原告に出してもらうのが主眼点であつたわけで、

通常の土地の売買のごとく、売買対象地の平方なり坪当りの単価や、単価にもとづく対象地全部の相当な代金額を考えたり、話合いをしたこともなく、

右債務金を原告に払つてもらう話をすすめ、原告から要求されるままに本件土地を原告に仮登記してしまつたわけである。

(6) かかる行きさつの実態は、右済照寺が他に負担していた債務約三、五〇〇万円余につき、済照寺が原告からこれの弁済資金を借入れるという金銭貸借であり、済照寺が原告へ本件土地の仮登記をしたのは、原告から右済照寺への貸付金債権の担保的性質のものである。

(7) したがつて、原告の本件土地についての所有権移転請求権仮登記は、登記上は、売買予約を原因としているが、これは形式上のことで、右実態にてらせば原告から右済照寺への約金三、五〇〇万円余の貸付金債権についての担保であつて、

いわゆる変態担保の一種であるが、その実質は代物弁済の予約である。

(8) それ故、済照寺としては、右原告に対する約金三、五〇〇万円ほどの借受金債務の債務の担保のため、本件土地全部の代物弁済予約をしていたことになる。

(9) ところで、本件土地の全面積は、全部で約二万坪ある。

(10) そして、本件土地は、原告へ仮登記などをした昭和五〇年五月当時、当時の現況のままでも、一坪当り少なくとも金五、〇〇〇円の価値があつた。

(11) したがつて、本件土地は、当時でも、少なくとも約金一億円の価値があつた。

(12) 右本件土地の価値約金一億円と、

これを担保とする原告の右済照寺に対する貸付約金三、五〇〇万円余とは、

著るしく大きな隔離があり、

本件土地は貸付金の二倍強のものであり、開発をすれば、五、六倍にもなるものである。

(13) また、原告が本件土地に仮登記を取得し、担保取得をしたのは前記したとおり右済照寺が他に約三、五〇〇万円もの債務を負担し、その支払に窮していたという、所有者の窮乏を利用したものである。

(14) したがつて、原告が本件土地を右済照寺に売買予約名下に仮登記をさせ、代物弁済予約をさせたのは、信義誠実の原則に反し且つ権利の濫用にも反するものであつて、かかる代物弁済予約にもとづき本件土地の所有権を取得するのは無効である。

(15) そして、原告が、被告等に対し、登記の抹消を求めるのも、承諾を求めるのも、権利の濫用であつて無効である。

(16) また、仮りに、本件土地の右済照寺と原告の契約の実態が売買であつたとしても、

前記したように、原告は右済照寺が他に約三、五〇〇万円余の債務を負担し支払に窮していた窮乏を利用し、本件土地の相当価額約金一億円の半額以下の右債務金と同額を売買価額として本件土地を買受けたものであるから、同じく信義誠実の原則に反し、権利の濫用にあたり、かかる売買も無効であり、前述したのと同じ理になる。

三  (清算義務)

(1) 第二項で述べたとおり、本件土地についての原告の所有権移転請求権仮登記は、原告から宗教法人済照寺に対する約金三、五〇〇万円余の金銭債権の確保という担保的性格のものである。

そして、その担保は変態担保であるが実質は、金銭債権の弁済に代えて本件土地の所有権を取得するという代物弁済的なものである。

(2) しからば、原告は、本件土地の所有権を取得するにあたり、本件土地の実質的価値と債権額との差額を清算する清算義務がある。

(3) 本件土地の実質的価値は、少なくとも一坪あたり金五、〇〇〇円であり、本件土地は少なくとも二万坪あるから、少なくとも金一億円の価値がある。

(4) そして、原告が右済照寺へ交付した金銭による金銭債権は、多くとも金三、三四〇万円(金三、二三〇万円と金一一〇万円の合計)である。

(5) しからば、原告の清算として、少なくとも右の差額金六、六六〇万円の支払をする義務がある。

(6) ところで、被告山田太一及び塩田清澄は、いずれも本件不動産に根抵当権という物権的担保を有する担保権者であるから、右済照寺の清算金請求債権を代位行使する権利を有するところ、被告山田太一の本件土地担保による被担保債権は、金四、〇〇〇万円(昭和五〇年六月六日貸付の金一、〇〇〇万円、同月三〇日貸付の金三、〇〇〇万円)であつて、右原告の清算金支払義務の金六、〇〇〇万円余の範囲内であるから、

被告山田太一は、原告に対し、金四、〇〇〇万円の清算金の交付を求める。

(7) そして、原告から被告山田太一に対する本件承諾請求は、仮りに認められるにしても、

原告から被告山田太一に対し金四、〇〇〇万円の清算金が支払われるのと引換という引換給付の判決がされるべきである。

(原告の反論中、清算義務についての被告山田、同塩田の主張)

一  中央信用組合の担保関係は否認する。本件根抵当権設定登記は、所有者の済照寺が明確な設定契約を認識しないまま登記だけがされたもので同組合が実質的な根低当権を有するとは考えられない。

二  仮に組合の根抵当権設定があつたとしても、これは根抵当で原告主張の八、五〇〇万円というのも単なる極度額にすぎず、同組合の債権が現実にそれだけ存することを意味するものではない。

(請求原因に対する被告岩田の認否)

一  第一項の事実は不知。

二  本件(一)ないし(六)土地につき、原告主張の仮登記が存することは認めるが、その余の事実は不知。

三  本件(七)土地につき、原告主張の仮登記が存することは認めるがその余の事実は不知。

四  第四項の事実は認める。

五  第六項の事実中、原告主張の日に被告が根抵当権と賃借権を被告近藤に譲渡したとの点は否認する。その余の事実は認める。

(被告岩田の主位的請求に対する主張)

原告主張の仮登記に基づく本登記手続に際しては、法一〇五条一項、一四六条一項の承諾書又は裁判の謄本を欠くもので不適法なものである。なお被告岩田が原告主張の如く根抵当権と賃借権を譲渡したとしても、そのことから直ちに被告岩田の各登記を抹消すべしとはいえない。蓋し抹消登記請求は当該登記の実体が不存在の場合に認められるところ右実体が存在することは原告も認めるところだからである。

(請求原因に対する被告河村の認否)

一  請求原因第二項、第三項で原告が主張する仮登記および第四項で主張する所有権移転の登記については否認する。

二  請求原因第七項の事実は認める。

(被告河村の主位的請求に対する主張)

原告は仮登記後、その本登記を申請する場合に登記上利害の関係を有する被告河村がいるにもかかわらずその本登記申請書に右河村の承諾書又はこれに対抗し得べき裁判の謄本を添付することなく本登記を了したものでかかる登記は無効である。

(被告補助参加人の主張)

一  法一〇五条一項は、抹消登記申請に関する同法一四六条一項の規定を準用することにより、所有権に関し仮登記に基づく本登記を申請する場合には、その申請書に登記上利害の関係を有する第三者の「承諾書」又は第三者に「対抗スルコトヲ得ヘキ裁判ノ謄本」を添付することを要する旨を定め、さらに同条二項では、右述のような申請に基づき登記官が本登記をなすときは、第三者の登記を職権で抹消することを要する旨定めている。

ところで本件(一)ないし(六)の土地については、原告のため昭和五〇年五月二〇日所有権移転請求権仮登記がなされ、同年九月二九日右仮登記に基づく本登記がなされ、本件(七)の土地については、原告のため昭和四八年一二月二二日所有権移転請求権仮登記がなされ、昭和五〇年一〇月二三日右仮登記に基づく本登記がなされている。

ところが右原告の所有権移転請求権仮登記後、右仮登記に基づく本登記がなされるまでの間に、本件(一)ないし(六)の土地については、被告山田太一のため昭和五〇年六月六日根抵当権設定登記、停止条件付所有権移転仮登記、賃借権設定仮登記が、同年六月三〇日根抵当権設定登記、停止条件付所有権移転仮登記、賃借権設定仮登記が、被告岩田正雄のため同年七月二二日根抵当権設定登記、停止条件付所有権移転仮登記、賃借権設定仮登記が、被告河村正三郎のため同年七月二二日根抵当権設定登記、停止条件付所有権移転仮登記が、各なされており、本件(七)の土地については、被告塩田清澄、同近藤博両名のため、同年六月一四日根抵当権設定登記、停止条件付所有権移転仮登記、賃借権設定仮登記がなされている。

したがつて、被告らは登記上利害の関係を有する第三者に該当し、原告が、右仮登記に基づく本登記申請をなすに際しては、被化ロらの「承諾書」又は第三者に「対抗スルコトヲ得ヘキ裁判ノ謄本」を添付することを要するものである。

しかるに原告は、右仮登記に基づく本登記を申請するにあたり被告らの「承諾書」又は第三者に「対抗スルコトヲ得ヘキ裁判ノ謄本」を添付せずに本登記を了したものであるから右登記は法の規定に反する無効な登記である。

原告の請求は、要するに本件仮登記に基づき本登記がなされた以上、被告らは原告に対抗することができないから被告らの右各登記の抹消登記手続を求めるというのである。

しかしながら前記のとおり原告の本件仮登記に基づく本登記は無効な登記であるから、これにより被告らが原告に対し被告らのためになした右各登記の抹消登記手続をなす義務を負うものではないから、無効な本登記に基づき被告らに対し、被告らのためになされた右各登記の抹消登記手続を求めるのは失当である。

二  仮りに、登記官の誤りに基づくとはいえ、原告が仮登記に基づく本登記をした以上、原告は被告らに対し前記各登記の抹消登記手続を求め得るとしても、無条件の抹消登記請求は許されないというべきである。

蓋し、原告は本来なら、仮登記に基づく本登記申請をするに当つては、被告らの承諾書又は被告らに対抗し得べき裁判、つまり承諾請求の判決を求めなければならなかつたのである。もし、本件本登記申請に際し被告らに承諾請求がなされた場合には、被告らはもともと所定の抗弁権を有しているものであり、原告は無条件での承諾請求はできないのである。

このように、被告らに抗弁権がある以上、たとえ登記官の誤りに基づく本登記がされたとしても、そのことの一事をもつて被告らの抗弁権が失われるいわれは全くないといわねばならない。つまり、原告の被告らに対する抹消登記請求は、実質的には、仮登記のままでの承諾請求と何ら変りないのであるから、無条件での抹消登記請求は許されないのであり、被告らの有する抗弁権と引換えでのみその請求が許容されるべきものなのである。

(被告等の各主張に対する原告の反論)

一  主位的請求に対する被告等の主張について

原告が本件仮登記に基づき、本件所有権移転登記をする際に、法一〇五条、第一四六条の規定により利害関係にある第三者の承諾書又これに対抗することを得るべき裁判の謄本がなかつたとしても、すでに本件所有権移転登記がなされてしまつた以上この程度の登記申請手続上の瑕疵があつたとしても、その瑕疵は治癒されたものである。

即ち原告は被告等が本件土地について登記する以前に本件土地に仮登記がしてあり、右被告等の登記はいづれも原告に対して対抗することができず、原告が所有権移転登記するについて承諾する義務がある。

よつて仮に原告が本件土地について所有権移転登記するに承諾書がなくとも、結局被告等は右所有権移転登記に承諾しなければならず、実体と符合するものである。

申請に手続的瑕疵があつたとしても事実上登記がなされてしまつたからには当該登記の有効無効は主としてそれが実休的有効無効要件を具備する否やにより決すべきであり、手続的瑕疵そのものだけを理由に無効と解すべきではない。

このことは判例通説の従来から一般に認めるところであり、具体的には法四九条一号二号違背の登記は当然無効であるが、同条三号以下違背の登記は当然に無効になるものでない。

このように考えるのが登記の安定性合目的主義に合致するものである。

二  主位的、予備的請求に対する被告山田、同塩田の主張について

(一) 承諾義務者について

(1) 被告山田太一、同塩田清澄は第三者が仮差押債権者強制執行競売申立債権者である場合のように金銭債権者である場合には承諾義務を負うが、第三者が仮処分債権者、抵当権者である場合には単に後順位だというだけで承諾義務を負うことはないと主張している。

しかるに一方右被告等は、

「いづれも右各土地については被告山田太一、塩田清澄の登記がされていたのであつて、所有権移転請求権仮登記にもとづく所有権移転登記ならば法第一〇五条第一項、第一四六条第一項により登記上利害の関係を有する第三者であつた被告等の承諾書の添付を要したはづである」

と主張しており、双方の主張が矛盾しており主張自体失当と言わざるを得ない。

(2) 右被告の主張するように仮に承諾義務の根拠が「満足的効力説」が妥当だとしても、仮登記よりも後順位の仮処分債権者抵当権者の場合のような物権的請求権の権利者であるような場合は承諾義務は負うことがない、というような結論はでてこない。

(3) 「登記上利害の関係を有する第三者」の意義は仮登記にもとづいて本登記がなされたとすれば、当該不動産に対する権利を害されることが登記の形式上において明らかなような第三者を言う。

第三者の取得した登記は所有権に関するものであると、それ以外の権利に関するものであると問わず、また本登記であると仮登記であるとを問わず、いづれもここにいう利害関係人に該当する。

所有権に関する登記の本登記の利害関係人とは、自己の権利が否定されることを承諾する者と解すべきである。

従つてかかる意味で所有権に関する仮登記後の権利の登記名義人はすべてここでいう登記上の利害関係人に該当することになる。

以上のように被告等は本件仮登記以後に設定登記したものであり、いづれも原告には対抗できないものであり、抹消されるべきものであることが明らかであるから権利を害されるものであるということができる。

(二) 権利乱用の主張に対し、

(1) 右被告等は要するに原告が済照寺の窮乏を利用したものであるから権利乱用であり、信義、誠実の原則に反し無効であると主張する。

右主張は単なる言いがかりであり憶測でありそのような事実はまつたくないのであるが、仮に右事実があるとしても右済照寺が権利乱用、信義誠実に反すると主張するならばともかく、済照寺が納得し承知しており何等権利乱用の主張していないのに何等関係のない被告等が権利乱用を主張するのは主張自体失当と言わざるを得ない。

まして被告等は原告が済照寺及び興山宗桂から本件土地を買つているということを充分に承知の上で更に抵当権等の権利を設定しているのであるから、被告と原告との関係において権利乱用になるということはあり得ないのである。

(2) 右被告等は済照寺と原告との本件土地の売買について、金銭の貸借であるとか仮登記をしたのは原告から済照寺への貸付金債権の担保的性質のものであると主張しているが、それは単なる憶測にすぎない。

(3) 右被告等は証人興山宗桂が一坪五〇〇〇円位であると言つたのを単純に坪数を掛け合せて時価一億円と主張しているが、興山宗桂自身も証言している通り本件土地の中には保安林があつたり、急斜面な土地があり有効に使える土地はごくわずかでありその有効に使える土地が坪五〇〇〇円位といつたものである。

それを単純に全部の土地の面積に五〇〇〇円を掛け合せれば非常に高い値段がでるのは当然である。

ちなみに開発可能な土地の詳細を述べる。

(イ) 開発利用のできない土地

四三三一四 保安林 一四、九七五平方メートル

(保安林であるため開発できない)

四三三-一 山林  一四、四九八平方メートル

四三六   山林  二〇、九〇八平方メートル

四三五   山林   四、九五八平方メートル

(以上の山林土地は平地でなく開発隣地より約二〇〇メートルの差があり、急斜面であり開発できない。仮に無理に開発してもガケクズレのおそれがありその防禦のため費用が莫大にかかり採算がとれない)

(ロ) 開発可能な土地

四三三-一 山林   三、八七八平方メートル

四三三一二 山林     四〇九平方メートル

四三三-三 山林      八九平方メートル

四三六   山林     二四九平方メートル

合計   四、六二五平方メートル

(4) 右被告等は済照寺が売買対象地の坪当りの単価や、単価にもとづく対象地全部の相当な代金額を考えて売買していないから売買でなく資金だと主張している。

しかし山林の売買において坪当りいくらで何坪であるから合計代金はいくらであるというような売買はおよそ山林売買においては行なわれていない。

山林を買う場合は全体としてのおよその価値を把握して売買がなされるものであり、それが常識となつている。

山林の売買においては坪数は実際の面積と登記薄上の面積と相当にへだたりがあり、山林の価値は面積そのものより材木にあり使用できる有効面積はごくわずかであるからである。

本件の場合も全体の山の価値を把握し、双方合意できたところで売買が成立したものである。

(三) 清算義務について

(1) すでに述べたとおり原告は本件土地を済照寺及び興山宗桂から買つたものであり、担保の目的でとつたものでないから清算する義務がないことは明らかである。

右被告等は担保の目的であるといつているが、それは単なる憶測であり、こじつけであり、言いがかりである。

(2) 仮に百歩譲つて右被告の主張が正しいとしても、被告山田太一、同塩田清澄は清算金を受領する権限はない。

なぜならすでに右被告の先順位一番で中央信用組合が八五〇〇万円の抵当権が設定してあるからそちらに配当されるべきものである。

なお被告近藤は公示送達による適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しない。

証拠関係〈省略〉

理由

一  〈証拠省略〉を綜合すると請求原因第一項の事実を窺知するに足り該認定を覆すに足る別段の証拠はない。

二  〈証拠省略〉を綜合すると請求原因第二項の事実を窺知するに足り該認定を覆すに足る別段の証拠はない(但し被告山田、同塩田、同岩田の関係では原告主張の仮登記が存することは争いがない)。

三  〈証拠省略〉を綜合すると請求原因第三項の事実を窺知するに足り該認定を覆すに足る別段の証拠はない(但し被告山田、同塩田、同岩田の関係では原告主張の仮登記が存することは争いがない)。

四  〈証拠省略〉によれば請求原因第四項の事実が認められる(但し被告山田、同塩田、同岩田の関係では請求原因第四項の事実は争いがない)。

五  請求原因第五項の事実は当事者間(被告山田との間)に争いがない。

六  請求原因第六項の事実中、被告岩田が被告近藤に対し、原告主張の根抵当権と賃借権を譲渡したことを除き当事者間(被告岩田との間)に争いがない。

〈証拠省略〉の被告岩田名下の印影が同人の印章によつて顕出されたものであることは当事者間(被告岩田との間)で争いがないので特別の反証のない本件においては該印影は本人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定するのが相当であり、その結果、民事訴訟法三二六条により当該文書が真正に成立したものと推認すべき〈証拠省略〉を綜合すれば、被告岩田が被告近藤に対し原告主張の根抵当権と賃借権を譲渡した事実を窺知するに足り該認定を覆すに足る別段の証拠はない。

七  請求原因第七項の事実は当事者間(被告河村との間)に争いがない。

八  〈証拠省略〉によれば請求原因第八項の事実が認められる(但し被告塩田の関係では請求原因第八項の事実は争いがない)。

九  以上のように原告主張の請求原因事実は全て認められるところ、被告等は原告の主位的請求に対し争うので判断する。

(被告山田、同塩田の主張)

一  信義則違反等について(主位的、予備的請求に対する被告山田、同塩田の主張中、二の(四))

原告と済照寺間の本件(一)ないし(六)土地の売買契約、原告と興山宗桂間の本件(七)土地の売買契約は、共に原告が済照寺(と興山宗桂)の窮乏を利用してなされたものだから信義則違反、権利濫用で無効である旨、主張するけれども、〈証拠省略〉によつては未だ右事実を認めるに足らずその他、該事実を認めるに足る証拠はない。

二  承諾請求について(前記主張中一の(7))

この点に関する被告の主張は独自のもので、(仮処分の被保全権利又は抵当権が仮登記を無視しうる効力を有するものであれば承諾義務を負わないのは当然である)仮登記権利者が所有権に関する仮賛記に基づいて本登記をする際右の本登記に矛盾牴触する仮登記後の後順位の登記名義人に対して、承諾請求を求めうることは法一〇五条一項、一四六条一項の規定と仮登記制度の存在理由より認められるところである。従つて被告の右主張は採用できない。

三  その他の主張について(前記主張中二の(15)と三)

右主張は本件(一)ないし(七)土地に対する各売買契約が認められる以上、その主張自体失当といわざるを得ない。蓋し右主張は全て前記売買契約の実体(仮登記)が担保の目的でされていることを前提とするものだからである。

(被告岩田の主張)

この点に関する被告主張は独自のもので、仮登記後、本登記までの中間処分はそれが本登記に矛盾牴触する限り本登記により否定される。これは中間処分の実体が存在するか否かではなく登記簿上の記載がある中間処分は全てその効果を失うことを意味するのであつて被告の右主張は採用できない。

(被告山山、同塩田、同岩田、同河村、補助参加人の主張)

被告等の主脹の要旨は、登記上、利害関係を有する第三者に該当する被告等の承諾書又はこれに対抗しうる裁判の謄本の添付なくしてなされた原告の所有権移転請求権仮登記に基づく本登記は無効であるということに帰する。

法一〇五条一項、一四六条一項によれば、所有権に関する仮登記をなした後、これに基づく本登記の申請をする場合には、登記上利害関係を有する第三者がある場合は、申請書にその承諾書又はこれに対抗することを得べき裁判の謄本を添付することを更する旨、規定している。従つて、右承諾書又は裁判の謄本を添付しない申請書が受理されて本登記がされた場合、右登記の効力が問題となる。

この点については、原告が主張するように、瑕疵ある申請行為によつてなされた登記でも、それが実体関係に符合しているかぎり無効ではないと解するのが相当である。即ち登記申請手続に際して登記官が誤つて登記上の利害関係人の承諾書又はこれに対抗することを得べき裁判の謄本なしに仮登記に基づく本登記をしたとしても、本登記原因が有効に成立しているかぎり、仮登記に基づく本登記は有効である。蓋し仮登記義務者の所有権移転は登記上の利害関係人の承諾の有無にかかわらず生ずるもので、本登記をなすべき有効な実体関係が存在するか否かは仮登記権利者、仮登記義務者間の法律行為の有効、無効によつて決定されるからである。又、このように解することによつて懸念される利害関係人の不利益は、仮登記権利者が承諾請求を求める際に利害関係人が行使し得る抗弁を本訴においても行使させることによつておぎない得るのである(本件においては仮登記に基づく承諾請求が予備的請求としてなされておりこれに対して被告等も抗弁を提出し或いは提出し得る機会を与えられていたものである)。本件において登記上の利害関係を有する第三者に被告等が該当すること及び原告が本登記申請に際して被告等の承諾書等を添付せず本登記されたこと、いずれも当事者間に争いのないことは当事者の主張からして明らかである。従つて承諾書等の欠缺のみを理由とする被告等の前記抗弁は失当である。

十 以上説示のとおり原告の請求原因事実が認められ、これに対する被告等の抗弁は全て理由がないので原告の主位的請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九四条後段を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 三関幸男)

不動産目録

(一)1 岐阜県山県郡高富町大字伊佐美字東川四三三番の一

山林 一八、四九七平方メートル

2 右同所四三三番五

山林 三、八七八平方メートル

(二)右同所四三三番の二

山林 四〇九平方メートル

(三)右同所四三三番の三

山林 八九平方メートル

(四)右同所四三三番の四

保安林 一四、九七五平方メートル

(五)右同所四三五番

山林 四、九五八平方メートル

(六)1 右同所四三六番一

山林 二〇九〇七平方メートル{

2 右同所四三六番二

山林 二四九平方メートル

(七)右同所三九二番

宅地 一八一・八一平方メートル

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